オリエンテーリングというお友達
- わたし
- あー、疲れた。まったく、文章をまとめるのは、いつもトレーニング並に時間と体力を使うよ。
- オリエンテーリング
- お疲れさま。8年間、よく頑張ったね。でももうちょっと頑張れた?
- わたし
- 頑張ったつもりはまったくないよ。私は「頑張る」っていう言葉で表現される態度があまり好きじゃないからね。
- オリエンテーリング
- それと、「楽しむ」もね(笑)
- わたし
- よくご存知で(笑)私自身はいつも、私自身の認識で動いているからね。
- オリエンテーリング
- それはよく知っているよ。付き合い長いからね。
- わたし
- まったくそのとおり。ここまでたくさんの時間を君の事ばかり考えて過ごしていたんだから、君はもう立派な私のお友達というわけだね。
- オリエンテーリング
- お友達以上かも(笑)
- わたし
- 確かにそうかもしれないね(笑)古い記録を調べたり多くの人にインタビューしたり、フィールドワークしたりコンピュータ処理したり、体を鍛えたりオリエンテーリング実践したり、ありとあらゆる手段を使って君に接近しようとしたんだ。人間相手にここまでしたら、立派な犯罪者になってしまう気がするよ。
- オリエンテーリング
- それも私のおもしろさのひとつかもしれないね。
- わたし
- ま、その結果、人間がオリエンテーリングという行為を行う限り人間は普遍的な魅力を再発見するという文脈から、現在の日本を含めた世界におけるオリエンテーリング実践を対象化して、オリエンテーリング実践における課題を明らかにすることができたよ。その課題が、今、日本のオリエンテーリング界で問題だと認識されている様々なことの原因となっていて、それへの対応策をいくつか記述することができたんだ。そしてその課題は日本に限らず、世界のオリエンテーリング実践でも通用する、普遍的なものなんだ。もっとも、普遍的かどうかは、だといいなぁ程度にしか考えていないんだけれどね。
- オリエンテーリング
- その見方はとても真に迫っている気がするよ。
- わたし
- じゃなかったら、こうまでして文章化しないよ。その前に職探しする(笑)
- オリエンテーリング
- そうだね。市役所の年末休業のおかげで住民票の転入が間に合わなくて、完全な住所不定無職になっているわけだしね(笑)
- わたし
- ぷにゅぅ…。
- オリエンテーリング
- しかし、もうちょっと選手としてトレーニングと大会参加を続けていたら、きっと記録に残る事をたくさんできたかもしれないよ。君のことを惜しむ人は多いんじゃないのかな。
- わたし
- う〜ん、それは私の本意ではないかな。私は記録に残ることよりも、私自身がオリエンテーリングを発見することが大切だったから。文章中でも書いたとおり、競技という文脈でオリエンテーリングを考えていたわけではなかったから。そういう風に考えていたから、体の限界を感じた瞬間に、選手を止める決意を固めていたよ。私の予想だとそれは28歳くらいのはずだったんだけど、2年も早まってしまったね。
- オリエンテーリング
- だからこそ速くなった?
- わたし
- たぶんね。競技という前提でオリエンテーリングを考えたときに、そこでまかり通っているさまざまな嘘を発見することができたんだ。体力に関してオリエンテーリングで語られていることも、そのひとつだよ。そういった嘘のひとつひとつに回答を準備するという途方もなく個人的な作業を続けた結果が、私という選手だったかなと、今更ながら思うよ。
- オリエンテーリング
- 確かにね。
- わたし
- すべてを疑うことから始めてみたんだ。精神的にはちょっとしんどかったけどね。
- オリエンテーリング
- そしてこれからも?
- わたし
- よくわかっているね。オリエンテーリング実践を深く対象化することで見えてきたことで、今、私の生きているこの世界に存在しているさまざまな問題の対象化をすることができるかもしれないという確信があるんだ。
- オリエンテーリング
- なるほど
- わたし
- でもその作業は、君と一緒にすることはできないのかもしれない。
- オリエンテーリング
- そうかもしれないね。
- わたし
- 2008年に、また新しいお友達を見つけたんだ。ハンナ・アーレントっていう政治思想家だよ。
- オリエンテーリング
- 政治思想って言うと、イデオロギーの源泉としてのマルクスとかそういった人を想像するね。
- わたし
- 思想って言うと、日本じゃタカ派とかハト派とか右とか左とか考えちゃう人が多いみたいんだけど、オリエンテーリングで言う実践の問題と同じ構造を持っている気がするよ。私はそういうものに興味がないっていうのは、ここまでの文書でわかってもらえると思う。
- オリエンテーリング
- そうだね。
- わたし
- そして、実践の構造に巻き込まれることに対する耐性は、オリエンテーリングをすることで身についた気がする。
- オリエンテーリング
- でも十分に気をつけないといけないね。同じ舞台に上がってしまったら、人間はその構造に立ち向かうことができない。
- わたし
- うん。そのとおり。ハンナ自身はそういう構造を対象化することを一生の問題意識としたと思う。それは、私の持つ問題意識と非常によく似てる。だから、彼女の著作と出会えたことを、私はとても喜んでいるよ。
- オリエンテーリング
- 私と出会ったときと同じように?
- わたし
- もちろん!!
- オリエンテーリング
- そっか。自分が見たかったものを見ることができたってことなんだね。
- わたし
- うん。これからは君を含めた世界をより対象化する作業が始まるんだと思う…君を再発見する頻度は減っちゃうけれど。
- オリエンテーリング
- でも見つめられている事に変わりはないから、寂しくはないと思うよ。
- わたし
- ちょっ…おま…。こんなところでいきなり脱ぎ出さないでよ。恥ずかしくないの。
- オリエンテーリング
- でも私の本当の姿を見たかったのは、君だよ。そして、君は私の本当の姿にたどり着いたから、私は本当の姿を見せなきゃならないね。
- わたし
- 本当の姿って…。に、人間!?
- オリエンテーリング
- そう。私は君が、人間の本性(ほんせい)と呼んでいたもの。
- わたし
- あー、びっくりした(ドギマギ)。確かに君は、人間の本性だね。
- 人間の本性
- 私はさまざまな形態をとるんだ、オリエンテーリングに限らずね。すべての実践は私の理解に過ぎないのだけれど、どの実践も容易に曲解される恐れがあるんだ。
- わたし
- だからこそ、個人の行為が大切なんだ
- 人間の本性
- そのとおり
- わたし
- だから、現在のオリエンテーリング実践がなくなっても…
- 人間の本性
- オリエンテーリングという行為で体現する事のできる人間の本性は、形を変えて、いつの時代でもどんな政治・経済・社会的背景でも、出現するんだ。
- わたし
- 安心したよ。私は、オリエンテーリングという行為が大好きだからね。
- 人間の本性
- えいっ!!ぼわん。
- わたし
- あ、元に戻った
- オリエンテーリング
- ここから先は、君がまた個人の行為で発見して下さいね。
- わたし
- うん、ありがと。それじゃ、その日までまた
- オリエンテーリング
- また会えるといいね
- わたし
- さようなら